名字を先に書くのは、アジアの習慣。
日本、中国、韓国。世界の大半は名前が先で、こちらが少数派なのだと思っていました。欧米の人の名刺を見るたびに、そう感じますよね。
ヨーロッパにも、ひとつだけあります。ハンガリーです。
読み上げられた名前が、逆だった
分かりやすい例が、2025年のノーベル文学賞でした。
受賞したのはハンガリーの作家、クラスナホルカイ・ラースロー。発表の場で読み上げられたのは「ラースロー・クラスナホルカイ」でした。
スウェーデン語も英語も、名前が先に来るからですね。
けれどハンガリー語での正しい並びは、クラスナホルカイが先。クラスナホルカイが姓です。村上春樹さんが受賞したら「ハルキ・ムラカミ」と読まれるのと、同じことが起きていたわけです。
そして、ここが本題です。名前を姓・名の順で書くのは、ヨーロッパの言語のなかでハンガリー語だけ。
「語族が違うから」では説明がつかない
理由としてよく挙げられるのが、言葉の系統の違いです。
ヨーロッパの言語のほとんどはインド・ヨーロッパ語族。それに対してハンガリー語はウラル語族という別の系統に属します。だから習慣も違うのだ、と。
ところが、これでは説明が足りません。
同じウラル語族のフィンランド語とエストニア語は、名・姓の順なのです。
しかもフィンランド語は、もともと姓・名の順でした。17世紀ごろ、政治的にも文化的にも優位だったスウェーデン語の影響を受けて、入れ替わったとされています。元をたどればラテン語の威信ですね。
ハンガリー語も、ラテン語から多大な影響を受けています。それでも人名の順番だけは、頑として守り抜いた。
ハンガリー語学が専門の研究者も、この点については「なぜなのか、謎である」と書いていました。専門家が謎と言い切るところに、かえって信頼を感じます。
おまけ:日付の書き方も、日本と同じだった
もうひとつ、並べ方が似ているものがあります。
日付です。
ハンガリーでは、年、月、日の順に書きます。たとえば1999年8月1日なら「1999. 08. 01.」。数字のあとに点を打つのが決まりです。
大きい単位から小さい単位へ。日本と同じ並びですね。
理屈としては、こう考えられています。姓はもともと「誰それの息子の」「どこそこ出身の」というように、同じ名前の人を絞り込むための言葉でした。だとすれば修飾する語を先に置くタイプの言語では、姓が先に来るほうが自然だということになります。
日本語も、まさにそのタイプです。
ついでに言うと、ハンガリー語は膠着語に分類されます。名詞の後ろに接尾辞をくっつけて、文法上の関係を表す言葉ですね。日本語とまったく同じ分類です。
遠く離れた国の言葉に、同じ並べ方がいくつも見つかる。そこが面白いところでした。
明日、こう話せる
海外の人の名前が話題になったときが出番です。
「名字を先に書くのって、アジアだけだと思ってない?」
たいてい「違うの?」と返ってきます。
「ヨーロッパにひとつだけあるんだよ。ハンガリー。だから去年のノーベル文学賞の人も、本当はクラスナホルカイが名字のほう」
そして最後にこれを足します。
「しかも日付も年月日の順なんだって。大きいほうから書くの、日本と一緒」
遠い国に自分たちと同じ並べ方が残っている。それだけで少し親しみがわく話です。
