国旗の色を思い出してみてください。
赤、青、白、緑、黄色、黒。だいたいこのあたりですよね。星条旗も、日の丸も、ユニオンジャックも、この範囲に収まります。
紫が、出てきません。
現存する国旗で、紫は2つだけ
これは印象の話ではなく、数えられる事実でした。
紫色が取り入れられている国旗は、ニカラグアとドミニカ国の2つだけとされています。
しかも、どちらも旗の地色ではありません。
ニカラグアは中央に置かれた国章の中、虹の一色として入っています。
ドミニカ国は中央の赤い丸に描かれた国鳥の体色。こちらも、近寄らないと紫だと気づかない面積です。
つまり紫を地色にした国旗は、世界に一枚もないことになります。
洋服1着に、貝1万7000個
なぜ紫だけが避けられたのか。古代の染料の作り方をたどると、答えが出てきました。
紫の染料は、貝からとっていたんです。
貝紫(かいむらさき)と呼ばれます。アクキガイ科の巻貝の鰓下腺(さいかせん)から、無色の分泌液が出る。これに日光を当てると紫に発色する。紀元前10世紀ごろ、地中海沿岸のフェニキアで技術が確立しました。
問題は、採れる量でした。
ブリタニカ国際大百科事典によると、1グラムの染料をとるのに貝2000個。洋服地1着分を染めるには1万7000個が必要だったそうです。
日本大百科全書の数字はもっと厳しくて、貝1万個からとれる色素がわずか1.5グラム。資料によって幅はありますが、どちらにしても気が遠くなる量ですよね。
結果どうなったか。着られるのは帝王や法王だけになりました。だから「帝王紫(Imperial purple)」と呼ばれます。ローマ時代には、皇帝と元老院議員のローブにしか使われなかったとのこと。
ここで旗の側から考えてみます。旗に求められるのは、大量に作れて、外で色が保つこと。
皇帝のローブ1着ぶんにすら足りない染料で、国の旗は作れません。
おまけ:紫の国鳥は、3つの言語で「皇帝」だった
ドミニカ国の旗に描かれた鳥の話です。
ミカドボウシインコ。全長45センチほどのオウムで、頭と首が暗い紫色、お腹も紫色をしています。ドミニカ島だけに生息する固有種です。
この鳥の英名が、Imperial amazon。学名はAmazona imperialis。そして和名の「ミカド」は、帝(みかど)ですね。
英語、ラテン語、日本語。3つとも「皇帝」で名付けられていました。
染料としての紫が皇帝の色と呼ばれ、国旗に残ったわずかな紫が皇帝の名を持つ鳥だった。偶然ですが、紫という色はどうしても高いところへ行きたがるようです。
なお、この鳥はいま絶滅の危機にあります。保護で数は増えたものの、2017年のハリケーン・マリアで再び激減したそうです。
ちなみに日本にも貝紫の話がありました。三重県の海女が、レイシガイ類の粘液を手拭にこすりつけて紫の印をつけ、まじないにする習慣があったと記録されています。皇帝のローブと、海女の手拭。同じ色素の、ずいぶん違う使い道ですね。
明日、こう話せる
オリンピックの入場行進や、サッカーの国際試合を見ているときが出番です。
「国旗に紫がないの、気づいたことある?」
たいてい「言われてみれば」と返ってきます。
「紫が入ってる国旗、世界で2つだけなんだって。ニカラグアとドミニカ国。それも紋章の中にちょこっとだけ」
そして最後にこれを足します。
「昔、紫は貝からとってたから。洋服1着染めるのに貝が1万7000個いる。皇帝しか着られなかったんだよ」
色がないことにも、ちゃんと理由がある。旗を見る目が少し変わります。
