夜空の月は、変わらないものの代表のように思えます。
平安時代の人が見上げた月も、いま窓から見える月も同じ。そういう存在だと、私は疑いもしていませんでした。
離れていっています。毎年3.8センチずつ。
測っているのは、アポロの置き土産
3.8センチという数字は、計算で出した推測ではありません。実際に測っています。
アポロの宇宙飛行士たちは、月面にレーザー反射鏡を置いてきました。地球からレーザー光を撃ち込み、跳ね返るまでの時間を計る。光の速さは分かっているので、往復時間から距離が出ます。
月レーザー測距と呼ばれる方法です。何十年も続けた結果、月がじりじり遠ざかっていることが分かりました。
年に3.8センチ。爪が伸びるのとだいたい同じ速さです。半世紀で2メートル近く離れている計算になります。
地球の自転が、月を押し出している
ではなぜ遠ざかるのか。犯人は海です。
月の引力に引かれて、地球の海はわずかに膨らみます。ところが地球は月の公転より速く自転しているので、その膨らみは月の真下からずれた位置へ運ばれてしまう。
ずれた膨らみが、月を前へ引っ張ります。
前へ引っ張られた月は、そのぶん軌道を広げていく。海のふくらみが、月の背中を押し続けているわけですね。
そして、押した分のツケは地球が払います。
| 起きていること | 結果 |
|---|---|
| 月が加速される | 軌道が広がり、遠ざかる |
| 地球の自転にブレーキがかかる | 1日が少しずつ長くなる |
1日の長さは、100年あたり2ミリ秒ほど延びているとされます。逆にたどれば、大昔の1日はもっと短かった。遠い過去には、1年が400日ほどあったと考えられています。
おまけ:皆既日食は、この時代だけのもの
もう一段、大きな話があります。
皆既日食が成立しているのは、太陽と月の見かけの大きさがほぼ同じだからです。太陽は月より圧倒的に大きいのに、圧倒的に遠い。その比率がたまたま釣り合っています。
月が遠ざかれば、この釣り合いは崩れます。
見かけの月は少しずつ小さくなり、やがて太陽を隠しきれなくなる。NASAの研究者の見積もりでは、およそ6億年後に最後の皆既日食が起きるとされています。
つまり皆既日食は、地球にずっとある現象ではありません。たまたま釣り合っている今の時代に、私たちが居合わせているだけです。
次に日食のニュースを見たら、少しだけ得した気分になれるかもしれません。
明日、こう話せる
月がきれいな夜や、日食の話題が出たときに使えます。
「月って毎年3.8センチずつ地球から離れてるの知ってる?」
たいてい「そんなに?」と返ってきます。爪が伸びるのと同じ速さだと言えば、だいたい納得してもらえます。
「アポロが月に置いてきた反射鏡にレーザー撃って、実際に測ってるんだって」
そして最後にこれを足します。
「だから6億年くらい経つと、月が小さくなりすぎて皆既日食が起きなくなるらしいよ。今見られるのは、たまたまタイミングが合ってるだけ」
見上げている月が、離れていく途中なのだと思うと、少し見え方が変わります。
