柿の種のあの形は、踏んで潰れた金型から生まれた失敗作だった

柿の種のあの形は、踏んで潰れた金型から生まれた失敗作だった

柿の種の、あの形。

三日月のような、少しゆがんだ細長い形です。果物の柿の種に似せて作られたのだろうと、私はずっと思っていました。名前がそうなのだから、当然だろうと。

逆でした。形が先で、名前は後。しかも形は事故です。

目次

本当は、小判の形をしていた

発祥は新潟県長岡市の浪花屋製菓。大正12年(1923年)に今井與三郎という人が始めた、せんべい屋です。

当時のあられ作りは手作業でした。薄くスライスした餅を何枚か重ね、小判型の金型でパチンと抜いていく。目指していたのは、あの三日月ではありません。きれいな小判型でした。

ところがある日、その金型を踏んでしまいます。與三郎の妻が誤って踏んだと伝えられています。

型はぐにゃりとゆがみ、元に戻らなくなりました。

ここで新しい型を買えば話は終わりですが、当時の金型は高価なものでした。仕方なく、ゆがんだ型のまま作り続けた。

こうしてできたのが、あのいびつな形のあられです。

名前を付けたのは、作った人ではない

ここからが面白いところです。

そのあられを持って商いに回っていたところ、取引先の主人にこう言われます。

「こんな歪んだ小判型はない。形は柿の種に似ている」

要するに、失敗を指摘されたわけですね。ところが與三郎はそのひと言をヒントにして、商品名にしてしまいました。

できごと時期
長岡でせんべい屋として創業大正12年(1923年)
金型を踏んで変形、そのまま使用創業後まもなく
「柿の種」として売り出す大正13年(1924年)ごろ

商品化の年は大正14年とする資料もあるので、そのあたりは幅を持って見てください。

いずれにせよ、形も名前も、狙って作られたものではない。踏んで、言われて、そのまま定着した。100年続く定番菓子の出発点としては、なかなか力の抜けた話です。

おまけ:新潟の名物なのに、社名は「浪花屋」

もうひとつ引っかかることがあります。

柿の種といえば新潟。それなのに、元祖の会社名は浪花屋です。浪花といえば大阪ですよね。

これは、もち米のあられ作りを教えてくれたのが関西出身の青年だったからだと言われています。その恩に敬意を払って、屋号に大阪の名を掲げた。

新潟の名物の名前に、大阪が入っている。 由来を知らないと、まず気づきません。

明日、こう話せる

柿の種をつまんでいるとき、そのまま使えます。

「これ、なんでこの形か知ってる?」

たいてい「柿の種に似せたんでしょ」と返ってきます。そこでひっくり返します。

「本当は小判型を作ろうとしてたんだって。金型を踏んづけて曲がっちゃって、直らないからそのまま使ったらこの形になった」

相手が笑ったら、もう一段。

「しかも名前を付けたのは取引先の人。『こんな歪んだ小判はない、柿の種みたいだ』って言われて、そのまま商品名にしたらしいよ」

失敗を指摘した本人が、名付け親になっている。袋の中身が少し違って見えてきます。

参考

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この記事を書いた人

「どうせヒマなら」を運営している市田健人(いちだ けんと)です。東京でWeb制作とデザインの仕事をしながら、ベースケント合同会社(BASE KENT)の代表をしています。専門家ではありません。気になったことを調べて、裏が取れたものだけを書いています。定説が定まっていない話は「諸説あります」と正直に書く方針です。3分で読めて、誰かに話したくなる話を毎日ひとつ。暮らしとWeb制作の実用情報を扱う「Ex-TORANOMAKI」も運営しています。

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