QWERTYは打ちにくくした配列ではない。祖先は電信機だった

QWERTYは打ちにくくした配列ではない。祖先は電信機だった

キーボードの左上は、QWERTY。

なぜこんな並びなのか。有名な説明がありますよね。速く打つと活字のアームが絡まってしまうので、わざと打ちにくい配置にした。私もずっとそう覚えていました。

研究者は、この説明を誤りだと書いています。

目次

最初のタイプライターは、紙の裏を叩いていた

話は1867年10月11日にさかのぼります。ショールズら3人が、最初のタイプライターの特許を出願しました。

その構造が、通説と噛み合いません。

キーを押すと、活字棒が下から跳ね上がってきて、原稿用紙の裏を叩く。紙の表にはカーボン紙が取り付けてあり、裏から叩かれることで表側に文字が写る。そういう仕掛けでした。

キーを離せば活字棒は元の位置に戻り、紙が左へ1文字分ずれる。

お気づきでしょうか。前からアームが倒れてきて、ぶつかり合うような作りではないのです。

QWERTY研究で知られる京都大学の安岡孝一さんは、著書のまえがきで通説をはっきり否定しています。アームの衝突を防ぐために打ちにくい配列をデザインした、という説は誤りである、と。

ちなみに当時のキーは2列。活字は大文字のAからZと、数字の2から9、ハイフンとピリオドの36種類だけでした。

売り込んだ先は、速さが命の現場だった

もうひとつ、通説と合わない事実があります。

このタイプライター、最初の売り込み先が電信学校でした。しかも授業に採用されています。

電信の現場でタイプライターが何に使われるか。送られてくるモールス信号を聞き取って、文字に起こす作業です。

速ければ速いほどいい仕事ですよね。そこへ納める道具を、わざと遅くする理由がありません。

もっとも、採用されたあとの結果は「惨憺たるもの」だったそうです。機械のほうがまだ実用に耐えなかったわけですね。

おまけ:キーボードの祖先は、電信機とピアノ

では、あの鍵盤はどこから来たのか。

ショールズは開発の途中で、ある機械を見せてもらっています。ウェスタン・ユニオン社が導入した「印刷電信機」です。

これが変わった機械でした。送信機と受信機からなり、モールス符号を覚えなくても電信をやりとりできる。送信機にはピアノに似た鍵盤がついていて、キーにはAからZの文字が振ってある。キーを押すと、その文字に対応した電気信号が受信機へ飛び、向こうで紙テープに印字される。

送信機と受信機を並べて置けば、タイプライターと同じことができますよね。

そして1868年5月、ショールズたちが出願した新しいタイプライターには、ピアノに似た鍵盤が付いていました。あれは、印刷電信機の鍵盤を模したものだったのです。

今のキーボードをさかのぼると、電信機にたどり着き、その先にピアノがある。毎日叩いているものの出どころとしては、なかなか意外でした。

明日、こう話せる

パソコンの前にいるときが出番です。

「QWERTYって、なんでこの並びか知ってる?」

たいてい「わざと打ちにくくしてあるんでしょ」と返ってきます。私もそう思っていました。

「あれ、研究者が否定してるんだって。最初のタイプライターは活字が下から紙の裏を叩く仕組みで、絡まりようがない」

そして最後にこれを足します。

「そもそも最初の売り先が電信学校。モールス信号を文字に起こす道具だから、遅くしたら意味ないよね」

目の前のキーボードを指さしながら話せます。使う機会には困りません。

参考

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この記事を書いた人

「どうせヒマなら」を運営している市田健人(いちだ けんと)です。東京でWeb制作とデザインの仕事をしながら、ベースケント合同会社(BASE KENT)の代表をしています。専門家ではありません。気になったことを調べて、裏が取れたものだけを書いています。定説が定まっていない話は「諸説あります」と正直に書く方針です。3分で読めて、誰かに話したくなる話を毎日ひとつ。暮らしとWeb制作の実用情報を扱う「Ex-TORANOMAKI」も運営しています。

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