人類が月に行ったのは半世紀以上前。
置いてきた機械はとっくに動かなくなっている。そう思っていました。真空で、昼夜の温度差が激しくて、誰も修理に行けない場所ですから。
ひとつだけ、今も使われています。鏡です。
電源が要らないから、壊れようがない
アポロ11号が月面に設置した装置のひとつに、レーザー反射鏡があります。
仕組みは単純で、入ってきた光を必ず来た方向へそのまま返すプリズムを並べたもの。アポロ11号と14号は石英ガラスのプリズムを100個、15号は300個置いてきました。
ソ連の無人月面車ルノホート2号にも、フランス製の反射鏡が載っています。
この装置が半世紀もった理由を、NASAはこう説明していました。電源が要らないから。
ほかの観測機器は次々に沈黙していきました。電池が尽き、信号が途絶える。ところが鏡は、光が当たれば返すだけ。壊れる部品がないわけですね。
何もしない設計が、いちばん長持ちした。
戻ってくる光は、直径20キロに広がっている
使い方はこうです。
地上の天文台からレーザーを撃ち、鏡に当たって戻るまでの時間を測る。ニューメキシコ、フランス、イタリア、ドイツ。4か国の望遠鏡が参加しています。
ここで驚いたのが、光の広がり方でした。
レーザーは真っすぐ進むはずですが、38万キロも往復すれば散ります。戻ってきたときには直径およそ20キロに広がっているそうです。
その光の輪のうち望遠鏡に入るのはごくわずか。それでも距離は数ミリの精度で求まります。
38万キロ先に光を当て、戻ってきた欠片から数ミリを読み取る。ずいぶん気の長い作業ですね。
この精度のおかげで、月の軌道や自転の向きが正確に決まります。月を回る探査機や着陸機に欠かせない情報です。周回機のカメラは鏡を目印にもしていて、1メートル以内の精度で使われています。
おまけ:月は毎月15センチ伸び縮みしている
このデータから、思わぬことが分かりました。
地球の重力は月を引っ張っています。その力で、月にも潮の満ち引きのような膨らみができる。
結果どうなるか。鏡の位置が、毎月15センチも上下しているのだそうです。
月という巨大な岩の塊が、ゆっくりと形を変えている。鏡が動いた量を測ることで、月の硬さまで計算できるようになりました。
さらに大きな発見もありました。レーザーのデータを解析した結果、月の中心には液体の核があると分かったのです。
20年ほど前のことで、当時は驚きをもって受け止められました。それまで多くの研究者は、月の核はとっくに冷えて固まっていると考えていたからです。
置いてきたのは、ただの鏡。それだけで月の内部まで見えてしまいました。
月が年に3.8センチずつ遠ざかっていることも、この測定で確かめられました。NASAは新世代の反射鏡を月面に置くことも承認しているそうです。
明日、こう話せる
月が出ている夜が出番です。
「アポロが月に置いてきた装置で、今も動いてるのがあるんだよ」
たいてい「50年以上前でしょ」と返ってきます。
「鏡なんだ。光を来た方向に返すだけの鏡だから、電源が要らない。だから壊れない」
そして最後にこれを足します。
「地上からレーザーを当てて距離を測ってる。戻ってくる光は直径20キロに広がってるのに、数ミリの精度で測れるんだって」
見上げながら話せます。あの白い円のどこかに、小さな鏡が置かれたままです。
