ゴミ置き場のカラス。
追い払っても、しばらくすると戻ってきますよね。こちらから見れば、どの個体も同じ黒い鳥にしか見えません。
向こうは、こちらの顔を覚えています。
穴居人のマスクをかぶって、捕まえた
研究のきっかけが面白いのです。
2006年、ワシントン大学のジョン・マーズラフさんは、別の調査のためにカラスを網で捕まえていました。ところが、同じ個体を捕まえ直そうとすると、うまくいかない。
明らかに、自分たちの顔を覚えて怖がっている。そう感じたそうです。
そこで、こんな実験を組みました。
まずゴム製のマスクを2種類。ごつごつした顔のものを「穴居人」と名付け、これを捕獲するときだけかぶります。
もう一方は、当時のアメリカ副大統領ディック・チェイニーのマスク。こちらは同じ道を歩くだけで、何もしません。
シアトル周辺の5か所で、7羽から15羽を捕まえて標識をつけました。そしてその後3年近く、マスクをかぶった研究者が定期的に通い続けます。ときには大勢の通行人に紛れながら。
見ていたのは、顔だけだった
結果は、くっきり分かれました。
捕獲する前、穴居人のマスクに文句を言ったカラスは5パーセント未満。
ところが捕獲したあとは、最大で3分の2のカラスが騒ぎ出しました。鳴き声で抗議し、集団で取り囲み、急降下してくる。
チェイニーのマスクのほうは、ほとんど無視されたそうです。服装や持ち物ではなく、顔そのものが引き金になっていたことになります。
そして決定的だったのが、ここです。誰がかぶっても、結果が同じでした。
年齢も身長も性別も民族も、歩き方すら違う人が着けているのに、カラスは区別しませんでした。顔だけを見ていたのです。
なお研究者は、チェイニー氏を選んだ理由をこう話しています。一度くらい良い人を演じさせてあげようと思って、と。
おまけ:怒っているのは、捕まっていないカラス
もっと不穏な話があります。
時間がたつにつれて、反応するカラスが増えていったのです。捕まえたのは十数羽だけなのに、数が合いません。
続きの研究で、マーズラフさんはこう語っています。
「我々を叱っている鳥のほとんどは、捕獲した個体ではない」
1年ぶりに姿を見せても、30羽以上の群れで鳴き、舞い降り、急降下してくる。おそらく親や仲間から、あの人物は危険だと教わっている。そういう見立てです。
会ったこともない相手の顔を、カラスは知っている。
ゴミ置き場で一度にらまれたら、その情報はもう共有されているのかもしれません。
ちなみにカラスの近縁であるカササギでも、研究者の顔を服装に関係なく見分けるという報告があります。覚えられているのは、カラスに限った話ではなさそうです。
明日、こう話せる
カラスを見かけたときが出番です。
「カラスって、人の顔を覚えるらしいよ」
たいてい「本当に?」と返ってきます。
「マスクをかぶって捕まえる実験があってね。捕まえたほうのマスクだけ、見るたびに襲われるようになったんだって。しかも誰がかぶっても同じ」
そして最後にこれを足します。
「怖いのはここからで、怒ってくるカラスの大半は捕まってない個体なんだって。仲間から聞いてるらしい」
その場にカラスがいると、急に視線が気になる話です。
