切手を舐めると、ほんのり甘い。
気のせいだろうと思っていました。紙の味とのりの匂いが混ざって、そう感じているだけだろうと。
気のせいではありません。甘い成分が入っています。
配合は、特許に書いてあった
国立印刷局が出した特許があります。名前は「切手用糊塗布紙及びその製造方法」。1998年に出願され、2005年に登録されたものです。
その請求の範囲に、のりの中身がそのまま書かれていました。
- ポリビニルアルコール(PVA)… 45〜49パーセント
- ポリ酢酸ビニルエマルション … 45〜49パーセント
- ソルビット … 2〜10パーセント
塗る量まで決まっています。乾燥重量で、1平方メートルあたり15〜20グラム。
このソルビットが、甘さの正体です。糖アルコールと呼ばれる成分で、食品の甘味料や化粧品の保湿剤としても使われています。
数パーセントとはいえ、舌に直接触れるわけですから、分かるわけですね。
特許に「甘い」という言葉は、一度も出てこない
ここで引っかかったことがあります。
「舐めたときにおいしいよう、わざと甘くしてある」という説明を、あちこちで見かけるんです。親切な話だな、と思っていました。
ところが特許を最初から最後まで見ても、「甘」という字が一度も出てきません。
では、この特許は何を解こうとしているのか。冒頭にはっきり書いてありました。
切手は全国の郵便局やたばこ屋で売られます。空調の効いた店もあれば、そうでない店もある。保管される温度と湿度が、地域や季節で大きく変わる。
その環境で切手どうしがくっついたり、丸まったりすると、売り物になりません。特許が戦っている相手は、そちらでした。
ソルビットは水分を抱えこむ性質を持つ成分です。おそらく甘さは、そのついでに付いてきたもの。
もっとも、特許は配合の割合を示すだけで、ソルビットを何のために入れているかまでは書いていません。言えるのは「甘くするためとは書かれていない」というところまでですね。
おまけ:昔は、切手と切手のあいだに紙を挟んでいた
同じ特許に、昔の苦労も書かれています。
かつてののりは、アラビアゴムやデキストリンといった天然の素材でした。これが湿気に弱い。放っておくと切手どうしが貼り付いてしまう。
そこでどうしていたか。
切手のあいだに、グラシン紙を1枚ずつ挟んでいたそうです。あの薄くて半透明の紙ですね。くっつかないように、紙で仕切る。ずいぶん力技です。
PVAはこの問題を解きました。湿気に強く、水をつければすぐくっつく。しかも、貼ったあとに剥がせる余地も残してある。
甘さは副産物でしたが、その副産物のおかげで、切手は「舐めるもの」になりました。
明日、こう話せる
郵便を出すときや、切手を見かけたときが出番です。
「切手の裏って、舐めると甘いの知ってる?」
たいてい「気のせいじゃないの」と返ってきます。私もそう思っていました。
「ソルビットって成分が2〜10パーセント入ってる。甘味料にも使われるやつ。特許にちゃんと書いてあった」
そして最後にこれを足します。
「でも甘くするために入れてるわけじゃないんだよ。湿気でくっつかないようにするためで、甘いのはたぶんおまけ」
親切でやっていると思っていたことが、実は別の都合だった。そういう話は、どこか可笑しみがあります。
