指紋は何のためにあるのか。
滑り止めです。指の腹にあの溝があるから、物をつかんだときに滑らない。タイヤの溝と同じ理屈ですね。私はそう理解していました。
2009年の実験では、逆の結果が出ています。摩擦は、減っていました。
触れている面積が、3分の1ほど少ない
調べたのは、イギリスのマンチェスター大学のローランド・エノス氏と、当時学部生だったピーター・ウォーマン氏です。
方法は単純でした。アクリル板を指に押し当て、引っ張って摩擦を測る。軽く触れた状態から、強く握った状態まで、力を変えながら記録していきます。
分かったのは、接触の様子でした。
指紋には山と谷があります。当然、谷の部分は板に触れていません。計測してみると、皮膚が実際に触れている面積は、指が平らだった場合にくらべておよそ33パーセント少なかったのです。
アクリルのように少し弾力のある材質では、触れる面積が減るぶん摩擦も下がります。溝があるせいで、かえって滑りやすくなっていたわけですね。
エノス氏は、硬い材質が相手なら隆線が摩擦を増やす可能性も指摘しています。ただ、少なくとも「いつでも滑り止めになる」という説明は成り立たなくなりました。
100年以上、実験されないまま信じられてきたという点も、なかなかの話です。
では、何のためにあるのか
有力になってきたのが、まったく別の役割です。
2021年、スウェーデンのウメオ大学のエワ・ジャロッカ氏らが、指の触覚をになう神経を調べました。掲載されたのは神経科学の専門誌です。
すると、触覚の神経が、指紋の山ひとつひとつに対応して強い信号を受け取っていた。
| 説 | 指紋の役割 |
|---|---|
| 昔からの説 | 摩擦を増やして滑りを止める |
| 近年の説 | 細かい凹凸を拾い、触覚の感度を上げる |
つまり指紋は、指先に並んだセンサーの列のようなものかもしれない。布の織り目や紙のざらつきを感じ取れるのは、この構造のおかげだと考えられています。
つかむための溝ではなく、感じるための溝。そう言われると、印象がだいぶ変わります。
おまけ:理由は、まだ1つに決まっていない
とはいえ、これで決着というわけでもありません。
濡れた面で水を逃がす溝として働く、という説もあります。指紋のような模様は、木に登る霊長類やコアラにも見られることが知られています。
役割はひとつではなさそうだ、というのが今のところの答えです。
毎日使っていて、犯罪捜査にまで使われていて、生まれる前から決まっている模様。それなのに、何のためにあるのかがはっきりしない。
自分の指先にあるものほど、聞かれると答えられない。そういうものかもしれません。
明日、こう話せる
スマホの指紋認証を使ったときや、手を見ているときが出番です。
「指紋って、なんであると思う?」
たいてい「滑り止めでしょ」と返ってきます。まさにそう習いました。
「それ、実験したら逆だったんだって。指紋があると触ってる面積が3割くらい減るから、かえって滑りやすくなる」
そして最後にこれを足します。
「いまは、触覚の感度を上げるためって説が有力。神経が指紋の山ごとに反応してるらしい」
自分の手を見ながら話せます。答えが出ていない話なので、そこから広げやすいのもいいところです。
