アリの巣の近くに、死んだアリが集められている場所があります。
いわゆる「アリの墓場」です。仲間の亡骸をきちんと片づけている、と聞くと律儀な生き物に思えます。
ただ、アリは仲間の死を見て判断しているわけではありません。
判断材料は、匂いひとつです。
死の合図は「オレイン酸」という匂い
アリの死骸は、時間が経つとオレイン酸という物質を出します。
働きアリはこの匂いを嗅ぎ取って、「これは死骸だ」と判断し、巣の外へ運び出します。動かないかどうかも、体が冷たいかどうかも、見ていません。嗅いでいるだけです。
面白いのは、死んだ直後は運ばれないという点です。
オレイン酸が出るまでには時間がかかります。そのため仲間が死んでも、しばらくは巣の中に放置されたまま。数日経ってようやく「あ、死んでいる」と気づかれて運び出されます。
判定基準がひとつしかないので、反応が遅れるわけです。
生きているアリに匂いをつけると、運び出される
この仕組みを確かめた実験があります。
アリ研究の第一人者だったE.O.ウィルソンは、生きているアリにオレイン酸を塗りました。
結果はどうなったか。仲間たちは、元気に動いているそのアリを死骸として扱い、せっせと墓場へ運んでいきました。
運ばれたアリは、しばらくすると自分の体をきれいに掃除して巣へ戻ります。ところが匂いが残っていると、また運び出される。これを何度か繰り返すことになります。
生きているのに、匂いだけで死んだことにされる。ちょっと気の毒な話です。
ただ、この「単純さ」こそが効率的でもあります。数万匹が暮らす巣で、一匹ずつ生死を確かめていたら間に合いません。匂いという一発判定は、集団を清潔に保つには合理的な仕組みなのだと思います。
おまけ:「まだ生きてます」の印もあるらしい
話はもう一段あります。
近年の研究では、生きたアリは「自分は生きている」ことを示す別の化学物質をまとっており、それがあるうちは運び出されない、という報告も出ています。
つまり死を知らせる匂いと、生を知らせる匂い。両方を使い分けている可能性があるわけです。
死んだら運ばれるのではなく、生きている印が消えたら運ばれる。 そう考えると、また少し見え方が変わります。
明日、こう話せる
アリの行列を見かけたときに使えます。
「アリって仲間の死体を運び出すでしょ。あれ死んだのを見てるんじゃなくて、匂いで判断してるんだって」
相手が「へえ」で止まりそうになったら、ここを足します。
「だから生きてるアリに死体の匂いをつけると、元気に動いてるのに墓場まで運ばれるらしいよ。掃除して戻ってきても、また運ばれる」
たいてい笑ってもらえます。少し不憫な話なので、余計に記憶に残ります。
