一生懸命がんばります。
一生をかけるほど真剣に、という意味だと思っていました。人生を賭ける。そういう重い言葉なのだと。
もとの形は「一所懸命」です。かけていたのは、一生ではなく一か所でした。
命がけで守っていたのは、土地
中世の武士にとって、先祖から受け継いだ土地は生活そのものでした。
その土地を失えば、暮らしが立ちゆかない。だから命をかけて守る。この姿勢が「一所懸命」です。
精選版 日本国語大辞典には、こう書かれています。
「中世、生活の頼みとして、命をかけて所領を守ろうとすること。また、その所領」
注目したいのは後半です。その所領そのものを指す言葉でもあった。「あそこが我が家の一所懸命だ」というふうに、土地を名指しできたわけですね。
いまの「一生懸命」からは、まるで想像がつきません。
「一所」が「一緒」になって、場所が消えた
では、どこで入れ替わったのか。
きっかけは「一所」という言葉そのものの変化でした。
| 時代 | 「一所」の意味 |
|---|---|
| 中世 | ひとつの場所、同じ場所 |
| 近世以降 | 一緒(いっしょ) |
「一所」が「一緒」の意味で使われるようになった。すると、もとの「ひとつの土地」という感覚が薄れていきます。
残ったのは「命がけ」という部分だけ。場所の観念が抜け落ちたところに、音の変化が重なりました。
いっしょけんめい、から、いっしょうけんめい、へ。
そして耳で聞いたとおりに字を当てると、「一生懸命」になります。土地の話が、人生の話に置き換わった瞬間ですね。
言葉が誤解されて形を変え、その誤解のほうが定着した。よくある話ではありますが、なかなか大胆な乗っ取りです。
おまけ:いまは「一生懸命」が標準
面白いのは、その後です。
江戸時代の浄瑠璃には、すでに「一生懸命」の用例がたくさん見られます。かなり早い段階から広まっていたことになります。
そして現在。用字用語の辞典はほぼ「一生懸命」に統一されていて、学校の教科書もこちらを使っています。取り違えたほうが、正式な書き方になりました。
もちろん「一所懸命」も辞書に載っていて、間違いではありません。ただ、書けば少し古風に見えます。
正解のほうが、いつのまにか脇に寄っていた。言葉の多数決は、こういう決まり方をするんですね。
明日、こう話せる
誰かが「一生懸命やります」と言ったときが狙い目です。
「一生懸命って、もとは一所懸命って書いたの知ってる?」
たいてい「聞いたことあるかも」と返ってきます。
「武士が先祖から継いだ土地を命がけで守ることなんだよ。一生じゃなくて、一か所。土地そのものを指すこともあったらしい」
そして最後にこれを足します。
「しかも江戸のころには一生懸命のほうが広まってて、いまは教科書もそっち。間違いのほうが勝った」
まじめな言葉の裏に、ちょっと間の抜けた経緯がある。そこが面白いところです。
