夫を亡くした女性のことを、「未亡人」と呼びます。
ニュースでも小説でも見かける、ごく普通の言葉です。私も何の疑問もなく使っていました。
ある日、ふと字面が気になって辞書を引きました。そこで少し固まりました。
「未だ亡くならない人」。つまり、まだ死んでいない人、と書いてあるんです。
もともとは、自分を指す言葉だった
この言葉は中国の古典に由来します。
夫が死んだら妻も後を追うべきだ。そういう価値観のあった時代に、それができずに生き残ってしまった自分を、へりくだって指す言葉でした。
つまり本来は、他人が呼ぶための言葉ではありません。当人が自分を卑下して名乗る言い方です。
「生き恥をさらしております」に近い、と言えばニュアンスが伝わるでしょうか。かなり重い自称です。
他人が使うと、意味がひっくり返る
自称だったものを他人が口にすると、どうなるか。
「まだ死んでいないあなた」と言っていることになります。
さすがにまずい、ということで、報道の現場ではこの言葉を避ける流れがあります。「夫を亡くした女性」「〇〇さんの妻」といった言い換えが選ばれることが増えました。
由来を知らなければ、ただの丁寧な言い方に見えるんですよね。知ってしまうと、もう軽々しくは使えません。
おまけ:自分を下げる言葉は、他人に使えない
同じ構造の言葉は、日本語にたくさんあります。
- 愚妻・愚息(自分の家族を下げる)
- 拙宅(自分の家を下げる)
- 弊社・小社(自分の会社を下げる)
どれも自分側にしか使えません。「愚息さん」がありえないのと同じで、「未亡人」も本来は他人に向ける言葉ではなかった、ということです。
ちなみに英語の widow には、こうした含みがありません。単に配偶者を亡くした人を指す中立的な語です。同じ立場を表す言葉なのに、背負わされているものがまるで違います。
明日、こう話せる
誰かが「未亡人」と言ったときに、そっと差し込めます。
「あれ、まだ死んでない人って意味らしいよ。夫のあとを追えなかった自分を指す言葉だったんだって」
相手が驚いたところで、こう続けます。
「だから本人以外が使うと、けっこう失礼になるらしい」
言葉の由来を知っているだけで、使う言葉が変わる。そういう雑学は、わりと長く残ります。
参考
- 漢和辞典・国語辞典における「未亡人」の語誌
- 放送・報道分野で用いられる言い換え表現に関する資料
