引き出しの中がいつも整っている人を、几帳面な人と言います。
では、あの「面」は何の面なのか。顔つきの面。真面目な一面。私はそのあたりだと思っていました。
木工の「面取り」の面です。
「几帳」は、平安時代の間仕切りだった
そもそも几帳とは何か。
平安時代の寝殿造りで使われていた調度品です。部屋を仕切ったり、視線をさえぎったりするための道具でした。
構造はこうなっています。
- 土居(つちい)という台を置く
- その上に柱を2本立てる
- 柱の上に横木をわたす
- 横木から布を垂らす
要するに、布を吊るしただけの移動式パーティションですね。ドラマや絵巻物で、姫が座っている手前に垂れている、あの布です。
柱の角の削り方に、名前がついていた
さて、この几帳の柱です。
角材のままでは角が立って、当たると痛いし見た目も硬い。そこで角を削って整えます。木工でいう面取りです。
几帳の柱には、少し凝った削り方が使われました。角そのものは残しつつ、その両側に段をつける。あるいは刻み目を一筋入れて、半円形に削る。辞書によって説明が少し違うのですが、いずれも単に角を落とすだけでは済まない仕事です。
この削り方が「几帳面」と呼ばれました。几帳の柱に使われる面、という意味そのままの名前です。
そして、こういう細工は寸法がわずかに狂うだけで台なしになる。きっちり正確に手を動かせる職人でなければ、きれいに仕上がりません。
そこから、人の几帳面が生まれます。 性格の話に転用されたのは、ずっと後のことだと言われています。
つまり「几帳面な人」は、もとをたどれば「几帳の柱みたいに、角の処理が丁寧な人」。今でいうなら「仕上げが丁寧な人」に近い褒め言葉だったわけです。
おまけ:面取りには、格の違いがある
面白いのはここからです。
面取りには種類があって、それぞれ名前が付いています。角をほんのわずかだけ落とす糸面。しっかり斜めに削る角面。そのなかで几帳面は、手間のかかる部類に入ります。
つまり数ある削り方のうち、わざわざ一番丁寧なやつの名前が、性格を表す言葉として選ばれたわけです。
「あの人は糸面な性格だ」では、たしかに締まりません。言葉として残るものには、それなりの理由があるんだなと思いました。
ちなみに几帳面は、今も社寺建築などで使われている現役の技法です。神社に行く機会があったら、柱の角を覗いてみてください。段が入っていたら、それが几帳面です。
明日、こう話せる
きれい好きな人や、書類の整った人がいたときが出番です。
「几帳面って言うでしょ。あれの『面』って何の面だと思う?」
たいてい「顔?」「一面とかの面?」と返ってきます。
「柱の角なんだって。平安時代の几帳っていう間仕切りがあって、その柱の削り方の名前が几帳面。ぴったり削らないときれいに仕上がらないから、性格の話になったらしいよ」
そのあと「だから几帳面な人って、もとは職人の腕を褒める言葉なんだよね」と足すと、言われた本人はたぶん少し嬉しくなります。
