とんちんかんな受け答え。
意味は分かります。話がかみ合っていない、見当違いだ、ということですね。
ところが漢字で書くと「頓珍漢」。頓も珍も漢も、意味とまるで関係がありません。それもそのはずで、あれは当て字です。
もとは、鍛冶屋の音でした。
音がそろわないときの、音
デジタル大辞泉には、こう説明されています。
「鍛冶屋の相槌の音を漢字を当てて表したもの。その打つ音がそろわないところから」
とん、ちん、かん。
熱した鉄を槌で打つ、あの音です。
刀を鍛える作業では、同じ鉄を何百回、何千回と叩きます。決まったリズムが続くはずの場所で、音が乱れる。その様子が、話のかみ合わない状態にぴったりだったわけですね。
近所に鍛冶屋があった時代なら、誰でもすぐに思い浮かべられた音だったのでしょう。
意味のある漢字を当てたのではなく、聞こえたままの音に字をはめた。だから「頓珍漢」の3文字をいくら眺めても、意味は出てきません。
同じ現場から、正反対の言葉も生まれた
ここが面白いところです。
鍛冶では、師匠と弟子が向かい合って作業します。師匠が槌を打ち、その合間に弟子が打つ。交互に、呼吸を合わせて。
このときの弟子の槌を「相槌(あいづち)」と呼びます。
| 状態 | 生まれた言葉 |
|---|---|
| 息が合っているとき | 相槌 |
| 音がずれているとき | とんちんかん |
同じ鍛冶場から、正反対の2つの言葉が出てきている。
会話で人の話にうなずくことを「相槌を打つ」と言い、かみ合わない返事を「とんちんかん」と言う。どちらも昔の作業場の風景が、そのまま言葉として残っているわけですね。
日常の会話を、鍛冶場のリズムで表していることになります。
おまけ:音の主は、分かれている
もう一段細かい話があります。
「とん」「てん」は弟子が振り下ろす大きな槌の音、「かん」は師匠が使う小さな槌の音だとされています。
つまり、もともと違う役割の音が混ざっている。そのうえでリズムが崩れると、とんちんかんになる。
役割の違う人が、息を合わせようとして、失敗する。会話の行き違いそのものです。
言葉というのは、ずいぶん正確に現場を写し取るものだと思いました。しかも写し取ったあとで、現場のほうが先に消えてしまった。
いま鍛冶屋の音を聞いたことがある人は、ほとんどいません。それでも「とんちんかん」は、毎日どこかで使われています。音だけが、言葉になって生き残ったわけですね。
明日、こう話せる
話がかみ合わなかったときや、誰かがうなずいているときが出番です。
「とんちんかんって、鍛冶屋の音なの知ってる?」
たいてい「音?」と返ってきます。
「鉄を打つ音。師匠と弟子が交互に槌を打つんだけど、それがずれたときの音がとんちんかん」
そして最後にこれを足します。
「逆に、ちゃんと息が合って打つ弟子の槌が『相槌』。相槌を打つの語源。同じ鍛冶場から、正反対の言葉が出てるんだよ」
2つの言葉をまとめて回収できるので、話として収まりがいいです。
