「貴様、いいかげんにしろ」
時代劇でよく聞く台詞です。ところが漢字をよく見ると、「貴い様」。どう読んでもほめています。
なぜ悪口に使われているのか。調べてみたら、この言葉は敬語から転がり落ちてきたものでした。
敬語は、使われるほどすり減る
「貴様」は江戸時代の初め頃まで、目上に対する丁寧な呼びかけでした。手紙にも使われています。
「お前」も同じです。もとは「御前(おんまえ)」。貴人の前、という意味で、相手を直接指さずに敬意を示す言い方でした。名前を呼ぶのも畏れ多い、という発想ですね。
ところが、丁寧な言葉ほど多くの人が使います。
使う相手の範囲がだんだん下に広がり、ありがたみが薄れていく。最後には敬意がゼロになり、むしろ乱暴な言葉として定着してしまう。
この現象には名前があって、敬意逓減(けいいていげん)の法則と呼ばれます。
転がり落ちた言葉たち
同じ道をたどった言葉は、ほかにもあります。
| 今の印象 | もとの意味 |
|---|---|
| 貴様 | 貴い様。目上への敬称 |
| お前 | 御前。貴人の前 |
| てめえ | 手前。自分をへりくだる語 |
| 奴(やつ) | 家に仕える者を指す語 |
ひどいのが「てめえ」です。もともとは自分を指す謙譲語でした。それが相手を罵る言葉になっているのですから、言葉の変化はなかなか乱暴です。
おまけ:この現象は、今も進行中
「あなた」も、今では目上に使いにくい言葉になりました。
上司に向かって「あなたはどう思いますか」とは、言いづらいですよね。もとは敬意のある代名詞でしたが、すり減りが進んでいます。
「あんた」に至っては、すでに完全に砕けた言い方です。「あなた」が縮んだだけなのに、印象は別物になりました。
100年後、「あなた」は失礼な言葉に分類されているかもしれません。そのころには、また新しい丁寧な呼び方が生まれているはずです。
明日、こう話せる
時代劇や漫画で「貴様」が出てきたときが狙い目です。
「貴様って字、よく見ると貴い様って書くよね。昔はちゃんとした敬語だったんだって」
「使われすぎて敬意がすり減ったらしい。お前も御前が語源」
そのあと「あなたも今その途中らしいよ」まで足すと、言葉が生き物だという話に広がります。
参考
- 国語辞典における「貴様」「お前」の語誌
- 敬意逓減の法則に関する日本語学の解説
